世界は今

鮮やかなダナンの夜空へ

20Nov 2018 TRAN THI THUY TRANG

チャン・ティ・トゥイ・チャン(TRAN THI THUY TRANG)

ベトナム・ダナン市

2017年度長崎県海外技術研修員

長崎滞在期間:2017.8~2018.3

 

 

皆様!こんにちは!

私は2017年度長崎県海外技術研修員のチャン・ティ・トゥイ・チャンと申します。長崎情報ビジネス専門学校で半年ぐらい研修していました。ここで勉強するベトナム人留学生やベトナム人スタッフの皆さんに出会え、熱心な先生方と一緒に働いたことは、私にとって良い機会でした。長崎を離れて、ちょうど6ヶ月になりました。ベトナムに戻っても、いつも長崎で生活したこと、記憶に残る体験をしたこと、国際課の皆さんの笑顔­を思い出しています。

 

 

ベトナムの中部にあるダナン市は私の出身地です。ダナン市といえばハン川に架けられた立派な橋がまちのシンボルで、そしてビーチが美しい有名な観光地です。それに、ダナンは市民生活レベルの向上を積極的に推進し生きがいがあるまちだと言われています。ダナンではイベントがたくさんありますが、私にとって「ダナン国際花火大会」が一番お勧めで素晴らしいイベントです。

今回はこの「ダナン国際花火大会」について皆さんにご紹介します。

 

 

カラフルな絵のようなダナンの夜空  Photographer: Minh Hai

 ダナン国際花火大会はアジア最大規模の花火大会です。2008年に初めて開催され、第一回の成功を受けてグエン・タン・ズン前首相が毎年開催することに同意しましたが、2013年からは隔年での開催となっていました。しかし2017年からは毎年の開催となり、開催期間もこれまでの2日間から2ヶ月間に延長されました。開催期間は4月末から6月末までの2ヶ月間ですが、この期間の5日間(主に土曜日)花火が打ち上がります。

 

今年はアメリカ、香港、イタリア、フランス、ポルトガル、スウェーデン、ポーランド、そしてベトナムの8ヶ国が参加し、テーマに沿った花火の技術や美しさを競いました。

 

 

ダナン国際花火大会2018 ポーランドチーム  Photographer: Dang No

 

 

 

ダナン国際花火大会2018 イタリアチーム Photographer: Dang No

 

 

 

ダナン国際花火大会2018 ベトナムチーム Photographer: Dang No

 

 

今年は残念ながら花火を見に行けませんでしたが、去年は幸運にも見に行けて良い体験をしました。親友に誘われて、舞台の近くにある席に座りカラフルなダナンの夜空を満喫しました。空を見上げると目の前に花火が打ち上がり、音楽とシンクロしてダナン市の夜空を飾りました。素晴らしさは言葉では言い表せないほどでした。また、花火を一目見ようと多くの観客がハン川沿いに集まりました。

 

 

このダナン国際花火大会は年々観客が増えているそうで、ダナン市もこの花火大会を目当てにダナンに来る観光客を誘致するそうです。これから観光客の数がますます増えていくと思います。

 

 

さぁ、花火大会を楽しみに是非ダナン市にお越しくださいね。ちなみにダナンを訪問するのは4月と5月が一番いいと思います。4月か5月に花火大会を楽しみつつ、ダナンを旅行するのは私のお勧めです!

皆さんぜひダナンに遊びに来てください!待っていますよ~。

 

 

上海の「頂点」

25Sep 2018 蔡国耀

蔡国耀(CAI GUOYAO)

中国・上海市

2017年長崎県海外技術研修員

長崎滞在期間:2017.8~2018.3

 

 

 

皆さん、こんにちは。

私は2017年長崎県海外技術研修員の蔡国耀と申します。中国の上海市から参りました。去年の8月下旬から今年の3月上旬まで長崎に住んでいました。長崎滞在時はテレビ長崎(KTN)で研修を受け、楽しい日々を過しました。上海に帰ってもう5ヶ月以上になり、現在は元の職場に戻って仕事をしていますが、時々長崎のことを思い出し長崎にいたことが昨日のことのように感じます。

 

 

長崎で友達と雑談していた時、上海の話になるたびに、日本の友人たちの第一声はいつも「わあ!大都会だ!」でした。 そして、上海の摩天楼が林立している光景に感嘆していました。特に2014年に新しくできた上海タワーは圧巻で、高さが632mあり、天を突くかのようにそびえ立っています。

今回はせっかくなので皆さんに上海の“身長”の変遷をご紹介します。

 

 

時代がどんどん移り変わることによって、上海の中では高い建築物として有名だった’パークホテル上海’は「上海の頂点」、つまり上海で一番高い建造物として君臨したのはもうとっくに過去の話になりました。上海の建物の高さから上海の発展史を読み解き、“頂点”の変遷を見るのもとても面白いかと思い、今回のエッセイの題材に選びました。

 

 

まずは上海の高い建物として記録に残っている一番古い建物から順にご紹介します。

 

【977年】竜華塔 40.55メートル

この当時、一つの塔の高さは一つのまちの豊かさを表していると言えます。かなりの長い間、竜華塔は上海の一番高いところ、つまり「頂点」にいました。竜華塔は977年に建てられました。合計7階、高さは40.55 メートル。その後約900年の歳月の中で、文句なしで上海の頂点にいました。

 

 

【1860年】ユニオンビル 45.75メートル

竜華塔が長い間独占した「上海の頂点」の王座は、ついにユニオンビルに奪われました。ユニオンビルは上海の観光エリアで一番有名な外灘に位置し、当時は3階建てのレンガ構造の建物で1860年に建てられました。1916年に再建後、今の姿になりました。

 

 

【1893年】税関ビル78.2 メートル

ユニオンビルの“記録”は33年で途絶え、上海の“頂点”の座に新しい主人を迎えました。税関ビルはユニオンビルと同じく外灘にあります。

ちなみに外灘は19世紀後半から20世紀前半にかけて租界地区(外国人居留地)だったこともあり、当時建設された西洋式高層建築が立ち並んでいます。建築群は中国の重要文化遺産に指定されていて、昔の上海の面影を今に伝えています。

このレンガ構造のビルは1893年に竣工し、上部にゴシック式の時計台があり、外灘エリアの中でもシンボル的な建物の一つです。総高78.2メートル。税関ビルが“頂点”の座にいるとき、その座を揺るがす強い挑戦者が2名現れました。しかし、結果から言うとこの挑戦は失敗に終わりました。

 

 

 

挑戦者1【1929年】サソンビル(平和ホテル) 77メートル

サソンビル(Sassoon House)は外灘エリアにある10階建てのビル(一部は13階)で、総高77メートルです。税関ビルに届かず挑戦失敗。

 

 

挑戦者2【1934年】ブロードウェービル 77メートル

ブロードウェービルは外灘に隣接している北蘇州路の20号に位置しています。なぜ“ブロードウェービル”かと言うと、ブロードウェー路(現在の大名路)の端に建っていることから付けられました。本館と別館からなるブロードウェービルは、上海のランドマーク的な橋の外白渡橋の北側にあります。総高は77メートル、こちらも税関ビルに届かず挑戦失敗。

 

 

【1934年】パークホテル 83.8メートル

1934年、「真の王者」が現れました。パークホテルは南京西路と黄河路の交差点に建てられました。この24階のビルの総高は83.8メートルで、ついに“群雄割拠”の時代が終わりました。

 

 

【1955年】中ソ友好ビル(上海展覧センター)110.4メートル

1955年に建てられた中ソ友好ビルは、当時中国と友好関係にあったソ連の専門家が設計興建を協力して建てられました。このロシアの古典的な風格の建物はかなり長い間上海の“頂点”でした。

これはちょっと余談ですが、ちょうどこの時期に上海の建築界には暗黙の了解のルールがあったらしいです。それは、「建築予定のすべてのビルの高さは、このビルを超えてはならない」ということです。

ちなみに110 . 4メートルの高さは、塔の先端の星の部分まで含めた高さになります。

 

 

【1972年】上海テレビの電波塔205メートル

1972年に竣工した上海テレビの電波塔は、高さ205メートルでクレーン等の機械を使わずに全て人力によって作られた建造物です。

 

 

【1993年】東方明珠テレビ塔 総高468メートル

本物の“巨人”がやっと現れました。1993年、350メートル(一番上の円形の建物までの高さ)の立体構造が完成しました。上海といえばこの建物が思い浮かぶ方も多いのではないでしょうか?いままで紹介してきた外灘エリアの欧風の建築物群の対岸にあり、川を隔てて建物の雰囲気がかなり違います。総高468メートル。彼女は「上海の頂点」の王座に6年も君臨し続けました。

 

 

【1999年】ジンマオタワー(金茂タワー) 420.5メートル

1999年、東方明珠テレビ塔と同じ地区にあるジンマオタワーは突如登場し、彼女の王座をさっと奪っていきました。ジンマオタワービルの高さ420.5メートル、現在は上海で3番目に高い建物です。高層階には“グランド・ハイアット上海”が入っています。先ほどの東方明珠テレビ塔と同じく人気の展望スポットになっています。ちなみにこの建物はドバイにある世界一高いビル ブルジュ・ハリファの設計担当者が指揮をとったことでも知られています。

 

 

【2008年】上海ワールド・フィナンシャル・センター(森ビル) 492メートル

ジンマオタワーの王座の座はせいぜい9年だけでした。2008年、日本の森ビルが出資したことでも知られ、世界屈指の摩天楼になりました。このビルは地上101階、総高492メートルで、高層階の真ん中が空洞になった独特のデザインで有名なビルです。

東方明珠テレビ塔から短いスパンで、森ビルと金茂が上海の“頂点”の記録を再び更新しました。

 

 

【2014年】上海タワー 632メートル

2014年8月3日、この日、「上海の頂点」の記録は「632」に定められました。ドバイのブルジュ・ハリファに次ぐ世界第2位の超高層ビルです。

 

 

上海タワーの主体的な建築構造は高さ580メートル、総高さ632メートル、地上121階、地下5階に及びます。ホテル、展示スペース、ショッピング、展望エリアなどの機能が一ヶ所に集まりまるで縦に伸びた“垂直都市”のようです。地下2階から118階まで上昇するエレベーターの時速は毎秒18メートルです。地下2階から地上560メートルの第118階の展望台エリアに到着するのに約1分ほどしかかかりません。展望エリアは上海の美しい景色を堪能することができます。

 

 

こうやって上海の“頂点”の歴史を見ていくと、上海の街の発展もよく分かると思います。皆さん、上海にいらしたらぜひ上海一高いタワーの展望台からの眺めを楽しんでください!

 

 

マリンガのJapão(日本)

06Jul 2018 安永 ホビソン幸夫

安永ホビソン幸夫

ブラジル・パラナ州マリンガ市

2017年度長崎県海外技術研修員

長崎滞在期間:2017.8~2018.3

 

 

 

皆様!こんにちは!

初めまして、ブラジル日系4世の安永ホビソン幸夫と申します。

私は2017年度長崎県技術研修員として、去年の8月下旬から今年の3月上旬まで、五島に住んでいました。五島では風力発電設備のメンテナンスを行う企業で研修を受け、地域の行事にも参加し、楽しい日々を過しました。ブラジルに戻ってもう3ヶ月が経ち、五島での生活を懐かしく思い出します。

 

 

私の出身地はブラジル南部のパラナ州マリンガ市です。気候は温暖で過ごしやすいです。マリンガ市は、綿密な都市計画に基づいて建設され、まちができて70年ほどの新しい都市です。高層ビル群があるかと思えば、一方では緑が多く、都会っぽさと田舎っぽさがミックスされています。約40万人の人口の内、日系人はおよそ2万人です。本当に日系人の比率が高く、日本との関係が深い都市です。ブラジルで日系人が多い州といえば、サンパウロ市があるサンパウロ州を思い浮かべる方が多いと思いますが、実はパラナ州はサンパウロ州に次いで2番目に日系人が多い州なんですよ。

特に私の住んでいるマリンガ市は日本文化の存在が非常に強いので、ここでいくつかの場所について、紹介したいと思います。

 

 

 

 

https://kekanto.com.br/biz/parque-do-japao-memorial-imin-100/fotos/618410

 

 

ブラジル国内ナンバーワンの日本庭園はマリンガにあります。

 

マリンガ日本庭園は総敷地面積およそ10万平方メートルで、ブラジル国内で最大規模の日本庭園です。2008年の日本人ブラジル移民百周年記念事業の目玉の一つとして2006年に工事が始まり、8年後の2014年にオープンしました。公園内は遊歩道、鯉が泳ぐ池、茶室、ほかにも体育館、レストラン、大講堂など、日本文化を普及、発信する場所として使用されています。

ここに来るとまるで日本にいるような気分になります。週末は家族連れで賑わい、恋人同士にはデートスポットとしても人気の場所です^^

 

 

ちなみに少し余談になりますが、マリンガの日系人は日本文化を後世に伝え続けるために一生懸命活動しています。その一つにマリンガ文化体育協会での活動があります。ここでは日本語教育、和太鼓、よさこいソーラン、ゲートボール、野球、ソフトボール、テニス、卓球などの活動が行われています。また日本祭り、運動会、林間学校、カラオケ大会、盆踊り、野球や卓球など各種スポーツの大会を行って日系人同士の親睦も深めています。

 

 

 

 

(www2.maringa.pr.gov.br)

 

最後に、ひそかに観光スポットにもなっている、浄土宗マリンガ日伯寺です。1974年に建立され、1983年に本堂が落成しました。現在は日系2世の方が住職をされています。日本と同じように大晦日には除夜の鐘を鳴らし、新しい年を迎えます。遠く日本を離れてても日本のお正月を迎える雰囲気を味わうことができます。またここには親戚や身寄りがいない日系人のための老人ホームも敷地内にあり、日系人のお年寄りのサポートをしてます。

 

 

このようにマリンガはブラジルと日本の深い絆を感じられる都市で、私たち日系人は日本の文化を伝え続けるように頑張っています。

私もこれからブラジルと日本の架け橋として活躍したいと思っています!

最後まで読んでいただきありがとうございます。Muito Obrigado!

 

 

 

 

観光都市としての武漢

07Jun 2018 唐芙蓉

唐芙蓉(TANG FU RONG)

中国・湖北省武漢市

2017年長崎県海外技術研修員

長崎滞在期間:2017.8~2018.3

 

 

 

皆さん、こんにちは。

私は2017年長崎県海外技術研修員の唐芙蓉と申します。中国湖北省の武漢市から参りました。長崎には2017年8月末から約半年間滞在していました。

長崎を離れてから早いもので2ヶ月以上過ぎましたが、長崎にいたことが昨日のことのように感じます。

 

 

「どこからきたのですか」

当時私は長崎でよく周りの人にこのように聞かれていました。「武漢です。」と答えると、相手の人はほとんど聞いたことのない顔をしていました。それが自分にとってちょっと不思議に思いました。

 

 

中国は大きく南部、北部、中部、東部、西部と分かれていて、武漢は中部地方の一番大きい都市です。武漢は長い間工業都市として全国的に有名ですが、観光都市としては、他の数多くの観光都市に比べるとあまり目立たない都市です。しかし武漢は観光分野でもとても魅力的な都市です。これは10年近く武漢で暮らしていて、最近子供を連れてよく町のあちこちに遊びに行った私が気づいたことです。ここで是非皆さんに観光面から武漢の魅力を紹介したいと思います。

 

 

 

黄鶴楼

https://www.vcg.com/creative/803522079

 

 

1. 黄鶴楼

まず紹介したいのは武漢のシンボル――黄鶴楼です。黄鶴楼は223年に、「三国志」で有名な人物 孫権によって建てられた展望台です。今は中国の四大名楼の一つです。内部では黄鶴楼に関する神話や詩歌、書道作品、名画などが見られます。有名な詩人 李白もここで名詩を残しました。黄鶴楼の一番高いところから、揚子江の荒波や沿岸の景色を楽しむことができます。毛沢東主席が視察に来て、詞(唐詩のような韻文の一種)を書いた長江大橋もすぐそばです。また、長崎ともゆかりが深い孫文が活躍した辛亥革命の歴史を紹介した「辛亥革命博物館」、伝統料理やB級グルメの街としていつも多くの人々で賑わっている「户部巷」、有名な上海の黄浦江(外灘)よりも広い浜「江灘」も近くです。

 

 

 

 

http://image.fengniao.com/exhibition/pic_show_2865_1.html

 

 

 

http://japanese1.china.org.cn/travel/txt/2015-03/23/content_35130432.htm

武漢大学の桜

 

 

2. 武漢大学の桜

3月の中旬から武漢大学の桜は見頃を迎えます。桜なら、日本もいっぱいありますよという人がいるかもしれません。しかし、武漢大学の桜は特別に意味を持った桜です。1972年の日中国交正常化のお祝いとして日本から中国に贈られたものです。日中友好回復のシンボルとして、今も中国の人々に愛されています。また中国では規模はともかく、キャンパス内の建築物は必見で1930年代に建てられたものが数多くあります。古木の桜ときれいな歴史的建築物が相まって、中国有数の桜の名所として中国全土から毎年数多くの観光客が訪れ、その美しさに魅了されています。ちなみに武漢大学の後門から武漢随一の景勝地、東湖に通じます。東湖は中国の都市にある湖の中では国内最大の大きさです。

 

 

 

湖北省博物館の音楽会

https://www.bilibili.com/video/av14422048/

 

3. 湖北省博物館

中国には省ごとに博物館がありますが、湖北省は楚の国(紀元前770年~紀元前221年)の発祥地ですから、省博物館では古い時代の歴史を知ることができます。あとは漢服を着ている専門家が紀元前433年の青銅楽器で演奏する音楽会も楽しめます。歴史に興味のある方は是非ご覧下さい。

 

あとは最近ショッピング街として人気の街 楚河漢街で「漢秀」という舞台ショーも世界トップの水上ショーで、おすすめです。音楽、舞踊、雑技と最新CGが融合し、移動式の座席でとても臨場感のあるショーを楽しめます。

 

 

 

漢秀(舞台ショー)

http://you.ctrip.com/sight/manzhouli319/1461184-dianping-p2.html

 

 

いかがでしたか?武漢は自然や歴史あふれる魅力的な都市です。

皆さん、是非武漢へ遊びに来てください。待っています。

 

 

 

 

 

ブラジル長崎県人会創立55周年記念式典

29Mar 2018 堤セリナ 広子

堤セリナ広子(Hiroko Celina Tsutsumi)

ブラジル サンパウロ州 カッポン・ボニート市

平成28年度長崎県海外技術研修員

 

 

皆様、こんにちは!お久しぶりです。

平成28年度長崎県海外技術研修員の堤セリナ広子です!

 

 

2018年に入ったかと思ったら、もう3か月が経ちました。本当に早いですね!

日本の反対側のブラジルは夏で、すごく暑い日が続いています。日本と違って12月から1月いっぱいは学校の夏休みなので、よく家族皆で海に遊びに行ったりします。

 

 

私もこの間、海に遊びに行きました!マラゴジ(Maragogi)というリゾート地なのですが、この海と空の色を見てください~!とっても綺麗でしょう?^^

 

 

 

 

さて、遅くなりましたが、今回はブラジル長崎県人会創立55周年記念式典について話したいと思います。

去年の11月12日、サンパウロ市で記念式典、並びに平和盆踊り・祝賀アトラクションが行われ、私も参加しました。

 

 

 

 

 

式典はブラジル長崎県人会 川添博会長の挨拶で始まり、長崎県 中村法道知事のビデオメッセージ、長崎市 田上富久市長の平和宣言ビデオが流れました。

式典にはサンパウロ市とサンパウロ州の政治家や関係者が招待され、在サンパウロ日本国総領事館の野口 泰総領事もお見えになりました。

 

 

 

式典は午前中に開催され、お昼の時間になると皆一緒に美味しいお弁当をいただきました。

午後からは平和盆踊り、そしていろんな祝賀アトラクションが行われ盛り上がりました。

会場には盆踊りのヤグラが用意されていて、長崎くんちでもファンが多い演目の一つ「龍踊り」の龍も飾られていました。

 

 

祝賀アトラクションは紙芝居、体操、ゲームや皿踊り、よさこいなど長崎でおなじみの舞踊のプログラムがありましたが、その中で間違いなく一番人気だったのが龍踊りです!会場が一気に盛り上がりました。皆この日のために一生懸命練習をして、力強い演技に感動の拍手がいつまでも鳴り止みませんでした^^

 

 

ブラジルでは盆踊りは日系人に限らず誰にでもすごく人気があります。私も今回浴衣を着て踊りました^^

盆踊りを体験するのが初めての人も大勢参加していましたが、そこは踊り好きで陽気なブラジルの人達、すぐに慣れてすごく盛り上がって楽しかったです。おじいさん、おばあさん、子供などなど、老若男女皆一緒に踊ってとても良い雰囲気でした^^

 

 

 

 

 

式典のテーマが「平和」だったので、会場には原爆や長崎の歴史に関するポスター、戦争の悲惨さを訴えたDVD、紙芝居、本や雑誌などが展示されました。被爆県の県人会として私たちの願いは一人でも多くの方の記憶に長崎の歴史を残して、世界中の人達が平和に生きることです。

 

 

県人会会員の皆さんと、婦人部、青年部の皆さんのご協力のお陰で思い出に残る式典になりました。

これからも長崎とブラジル長崎県人会の為に頑張って活動したいと思います!

 

 

そして、今年はブラジル日本移民110周年記念祭典が行われます。この様子もまたレポート書きますので、楽しみにして下さいね!

オブリガーダ (Obrigada)!^^(ありがとうございます!)

 

 

 

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