張 慧霞

飲み込まれていく日々(2)

21Apr 2014 張 慧霞

    大学に行かない日は、起義門外の市場に行っている。モスクの向かいに牛肉店があり、いつもその店のお姉さんとメニューを相談してから買い物を決めている。朝食には息子は首義園の「牛肉餅」がおいしいと言うが、私は牛肉の「豆絲」炒めが食べてて飽きない。

 

 

 

    この市場で「豆絲」と「米粑」を作っている夫婦は言葉に漢川訛りがある。「豆絲」の作り方も実家の母と同じみたいだ。まず水に浸して緑豆と米をそれぞれ膨らませ、それから緑豆の皮をとって米と混ぜ合わせて、ミキサーでクリーム状にする。そして、このクリームを適量とって、油を塗った鍋に張って、二、三分間焼いたら「豆絲」一枚完成。鍋に張るための道具は長江の支流や湖からとっている貝殻、油は豚の腹油、というのが幼いときの記憶なのだが、いまでは貝殻はブラシに、腹油はサラダ油に変わっている。この「豆絲」を千切りにして干して食べてもいいし、このまま炒め物や細く切ってラーメン代わりにしてもおいしい。炒め物なら、溶いた卵を鍋に入れてふわふわにしてから「豆絲」とニンニクの葉を一緒に入れてさっと炒める。この日は牛ヒレとクキチシャの葉を使っている。もうすぐクキチシャの季節が過ぎてしまうという八百屋のお兄さんの話に乗って買ってきた。

 

 

 

ある日の買い物

 

 

 

 

首義園の「牛肉餅」(中華風ミートパイ)

 

 

 

 

「豆絲」

 

 

 

 

「米粑」

 

 

 

 

牛肉と萵苣の「豆絲」炒め

 

 

 

    清明節(祖先の墓を参る“お盆”に当たる年中行事)は家族そろっての休みとなった。宿題に追われて運動不足気味の息子を「武昌江灘」(武昌の川辺)まで引っ張って、凧揚げをさせた。帰りに、海鮮料理で有名なしゃぶしゃぶ店の前を通ったら、若い警備員の一人が同僚に「そうですね」という日本語を教えていた。後日、大学前の店で学生と待ち合わせていると「この店にアフリカ人のウエイターがいるよ」と教えてくれた。荊州の張居正故居内の茶室にも「和敬清寂(茶道の心得を示す標語)」が掲げられていたし、ここまで国際化が浸透しているのかと思うと驚いた。

 

 

 

    旧暦の三月三日に、朝市から帰って来たおじいさんやおばあさんの手には皆、なずなの束が下げられている。この日になずなと茹でた卵を食べると目にいいという古い教えを母も信じていた。それを息子にも伝えておこうと最近、自分もその真似をしている。

 

 

 

なずなと卵の和え物

 

 

 

ある日の夕食:空心菜、莧菜、涼皮、蓮根

涼皮の和え物は主人の得意料理

 

 

 

    最近の学生は、「私達は単位や資格のために日本語を勉強している」、「毎日実験室で専門資料を読んで疲れるので、日本語の授業に来てちょっとリラックスしている」と、息巻いて自分達の学習の目的を述べる。

 

 

 

    しかし私は、彼らに自分の頭を使って考えることの本当の意味、美しい地球を守る気持ち、幸福な社会づくりなどといった人間の美しい夢についてなんとか分かってほしくて毎日奮闘している。

 

 

 

    まあ、悩んでいるだけでは何も始まらない。容赦なく過ぎ去っていく日々を主人とともに市場めぐりで過ごして行こう。

 

 

 

飲み込まれていく日々(1)

26Dec 2013 張 慧霞

張慧霞(Zhang Hui Xia)

中国湖北省 武漢大学・日本語教師

2012年 長崎県立大学シーボルト校研修員

長崎滞在期間 2012年4月~2012年3月

 

 

 

 

  玉蘭(木蓮)の並木が町を彩る時、武漢に帰ってきた。まだ人参と羊肉の煮込みスープで体を温めたい寒さだった。家に着くと、食卓に定番の蓮根スープが出されてある。水果湖の市場で買ってきた蓮根で、毎週日曜日息子の塾送迎のついでに買っていると主人が言う。

 

 

 

 月曜日に早速学部の雑務を手伝い、火曜日から講義を始めた。地下鉄工事や道路整備のため大学の正門が位置を変え、バスの運行路線も変わったということは帰国までにすでにインターネットのニュースで知っていた。しかし、家の近くのメインストリートにある大学行きのバス停が一時的に廃止されて、行きも帰りも40分以上歩かなければならないということは予想外だった。

 

 

 

 『私達はまだ日本語の初心者だから日中2ヶ国語講義は辛い』という学生の不満の声を思い出しながら、本来ならバス停につながっているが、今はガードフェンスに遮断されている横断歩道を見て、こっちが愚痴を言いたかった。『地下鉄なんて自分には全く関係ないのに、なぜこうして工事の不便を我慢しなきゃいけないのか』と。

 

 

 

バス停から眺めた武漢大学の西門

 

 

 

 文句を言ってもしょうがない。商店街を通り抜けたところのバス停なら乗り換え1回で家の近くまで行けるし、ついでに商店街で便利な文房具を見つけたり、翌朝の食材探しをしてもいいなと思うとすっかり散策気分になり、長時間の歩行も苦にはならなかった。

 

 

 

 大学の正門を出たところに、学生らしい若者が露店を出してテルテル坊主型の風鈴を売っている。息子のお友達へのプレゼントとして買っておこう。それをかばんにおさめて商店街へ向かっていると、長崎に留学予定の子にばったり会った。あさって出発だから今晩この近くで送別会があるという。一年生の時の顔を鮮明に覚えていたせいか、この子たちも大人になったねと密かにつぶやいた。

 

 

 

テルテル坊主型の風鈴

 

 

 

 首義路(shou yi lu)でバスを降りて市場へ向かって歩いていたら、パイナップルの香りがしてきた。果物屋のお兄さんが皮を剥いている。もうパイナップルの季節か。一つ買おう。その店は家族で経営していて、お父さんが仕入れ、お母さんが接客、息子達が皮むきなど果物の下処理をそれぞれ担当している。パイナップルはまず皮を削ぎ落してから、ピンセットみたいな道具でトゲを一つずつきれいにとっていく。皮むき器が変わったねと私が言うと、その若者はトゲに沿って螺旋(らせん)状に切りとっていく方法より、今のほうが無駄が少ないと答えてくれた。パイナップルとはこうした処理を経て食べるものなのだという先入観があったので、長崎にいた頃、県立大学の食堂や住吉のスーパーでいちょう切りになっていて、たまに胡麻粒のような種や花が入っているものを見たとき、このまま食べて大丈夫かしらと心配していた。日本の友達に見せたいから写真を撮ってもよいかと尋ねたら快く応じてくれた。こっち側から撮ったほうがきれいに写るよというアドバイスも受けながらカメラに収めた。サトウキビも慈姑もまだあるね、桑の実も登場してきたわ、と興味津々になったが、あまり騒いではみっともないから次回買うことにした。

 

 

 

「このピンセットを使うと無駄が少ないよ」と果物屋のお兄さん。

 

 

 

慈姑も皮を剥いてくれる

 

 

 

桑の実も店頭に並ぶ

 

 

 

 

(前半終わり)