世界は今

<危機テレビ番組><危機映画>とは

25Apr 2012 Aris den Hollander

Aris den Hollander(アリス・デン・ホッランダー) (オランダ・ゼーランド州)

元長崎大学留学生協会副会長

長崎滞在期間:2010.3~2011.3

 

 

 

    2007年から2008年にアメリカで信用収縮が発生しました。そして私たちは今、現在ユーロ危機の真っ只中にいます。人々の日常生活がユーロ危機の影響を受け、収入が減り、困っている人が増加しました。

 

 

  私はというと、現在就職活動中ですが、ちょっと厳しい現状です。大学院の修士課程は問題なく卒業出来たのに、まだ安定した仕事を見つけられていない状況です。周囲の人々は貧困に陥ってまではいませんが、危機は感じています。その危機の影響で人々の日常生活にも変化が出てきたと思います。

 

 

(http://berlusconi-flying-circus.blogspot.com/2011/10/silvio-berlusconi-and-chat-among.html)

 

 

    その変化の例はテレビ番組に見ることができます。特にアメリカでは、質屋を舞台にしたリアリティ番組やオークション番組などのテレビ番組が多く出てきました。経済不況でお金がなくなった人がなんでもかんでも売っているようで、そういったことを話題にしているテレビ番組が流行っています。この傾向は“危機テレビ番組”とでも言えるのではないでしょうか?

 

    それに加え、映画もこの危機に影響を受け、ちょっと変わってきているという印象を受けます。深い悲しみや、憂鬱な気持ちなどが伝わってくる映画が人気です。もっと詳しく言えば、人生の目標がはっきり定まっていない人間の姿を描いた映画や、実存主義的な映画がたくさんあります。例えば、「ドライブ」や「メランコリア」のような映画がその一例です。

 

 

   

 

(http://www.cinebel.be/nl/film/1007918/Drive)

 

 

    それはさておき、既成の体制への猜疑心や、政治と政府への不信を表している「ドラゴン・タトゥーの女」という映画は凄く注目が集まっています。世界中で占拠運動(格差社会に反発する人たちが、街を占拠して抗議活動を行ったこと)もあり、既成体制への批判と非難がとても高まりました。そもそもこの「既成体制」の意味を誰もはっきりと説明していないので、それこそが猜疑心につながっていると言えるのかもしれません。

    このような状況が世界的なものだとすると、「ドラゴン・タトゥーの女」のような映画はここから生まれていると思います。

 

 

 

(http://www.dragontattoo.com/site/)

 

 

    結論ですが、経済不況は映画にも強い影響を与えていると思います。“危機映画”は映画の一つのジャンルと言えるわけではないですが、かなり多くの作品に見られる傾向だと思います。“危機映画”というのは、上で述べた①悲しみ・憂鬱、②実存主義、③既存体制への猜疑心の3つのポイントから分かると思います。私は最近、映画を見る時は、この3つのポイントに気をつけながら見ています。そして映画を見終えた後、「これも“危機映画”だったなぁ」と感じるのがマイ・ブームになっています。

 

 

 

2012 北京の廟会祭り(旧正月祭り)

12Mar 2012 高 華彬

高華彬(Gao Huabin)(中国・北京市)

長崎県滞在期間:2006.4~2007.4(元長崎県観光連盟国際交流員)

 

 

皆様、過年好!(新年あけましておめでとうございます。)

北京では、旧正月となると、主な公園で「廟会」祭り(日本の縁日と似たお祭り)を行う習慣があります。「廟会」では、美味しい食べ物はもちろん、面白いゲームなどが沢山あり、人が多くて実に賑やかです。

 

 

今年は龍年なので、名前に「龍」の文字がつく「龍潭湖公園」に行くのがお勧めです。ここで「龍潭湖公園廟会」で撮った写真をご紹介させていただき、これらの写真を通じて、北京の「春節」ムードを少しでも感じていただければ幸いです。

 

 

 

 

「龍潭湖廟会」は1984年より始まり、今年でもう第29回

 

 

 

 

入口にいる「ミッキー」がとても人気!

 

 

 

 

赤がふんだんに使われる中国の飾りや舞台は鮮やかでしょう

 

 

 

 

園内には人工雪を使った雪の遊び場もあります

 

 

 

 

ほら、一日何十万人も訪れていますよ

 

 

 

 

蛹、他にサソリ、ムカデもあり、「昆虫料理」を楽しむには勇気が必要かも

 

 

 

 

 「長沙の臭豆腐」、湖南省出身の毛沢東の大好物だったとのこと

 

 

   

 

 

「隆福寺」の昔ながらの「茶湯」                              日本のたこ焼き

(「茶湯」は黍の粉に水を入れ混ぜた糊状のもの)

 

 

 

 

雲南タイ族の「パイナップル飯」と「バニラ飯」、美味しそう

 

 

   

 

 

造花が流行っているらしい。女性たちももっときれいに見えますね

 

 

 

 

多くの人が囲んでいます。何を見ているのでしょうか?

 

 

 

 

なるほど、作者が直筆サイン入りの切り絵を販売しています

 

 

   

 

 

写真の「糖胡芦(タンフール)」は本物そっくりですが、食べられません。右のお兄さんは「竜頭」帽子が可愛い!

 

 

   

 

 

左の「花輿ガール」(http://news.cntv.cn/20120126/108872.shtml)はネット上で多く転載されています。輿は残っていますが、彼女はどこに行ったでしょう。。。  


 
 
 
 
 
  

鯉のぼりも既に中国に根を下ろしているようです

 

 

 

 

意外にもテレサ・テンのCDを発見、懐かしいですね

 
 
 

 

<まとめ>

 

新聞によると、上記「龍潭湖廟会」を含め、今年春節期間中、北京で合わせて26の大きな廟会や民俗イベントを開催しており、大晦日から旧正月五日目までの統計だけでも、延べ566.8万人が訪れたそうです。

 

 

ほかの所の廟会もそれぞれ特徴があり、例えば、天壇公園の天を祀る儀式と舞踊パフォーマンス、大観園の「紅楼廟会」、朝陽公園の国際フェスティバルなども大人気とのことです。今後チャンスがありましたら、またご紹介させていただくことにしましょう。

 
 
 

 

長崎との再会

26Jan 2012 高 華彬

高華彬(Gao Huabin)(中国・北京市)

長崎県滞在期間:2006.4~2007.4(元長崎県観光連盟国際交流員)

 

 


 私が前回長崎に住んでいたのは5年前になります。

 2006年4月から2007年4月まで、国際交流員として長崎県観光連盟に一年間在職しました。初めての海外生活であり、1年間しかいませんでしたが、長崎の新鮮な空気、きれいな自然、美味しい料理、親切な人々等、良い印象ばかり残っていました。グラバー園、長い坂道、さだまさしが長崎弁で歌う「がんばらんば」など中国に帰った後も長崎のことがよく夢に出てきました。いつかもう一度長崎を訪れたいとずっと思っていました。

 昨年11月下旬、日本への研修のチャンスに恵まれ、ついに長崎を再び訪れることができました。そして、長崎で楽しく有意義な2日間を過ごしました。


 

 到着した日はちょうど日曜日で、長崎大学医学部の体育館で中華圏留学生のバドミントンの試合があったので、長崎にいる友だち李さんの紹介で試合に出たところ、運よくダブルスで優勝しました。

 5年前にこの体育館でよくバドミントンの練習をしたことを、今でも非常に懐かしく思っています。昔、長崎にいた蔡さん(当時留学生会長だった)は今は京都にいて長崎にいないらしく、今回新しく台湾から来た蔡さんと知り合いましたが、シングルスの試合で彼に負けたのがちょっと残念でした。そして、昔の友だちに何名か会えたのも嬉しかったです。場所は以前(5年前)と同じ場所で、周りの参加者も以前と同じくぴんぴんとした若者ばかりでしたが、自分だけちょっと年を取ってしまったのが感慨深かったです。

 

 

 ちなみに、バドミントンの趣味はそもそも5年前に長崎で始まったので、当時ゼロから丁寧に教えてくれた「地球館」の牛嶋さんや市民会館で教えてくれた先輩たちに感謝する気持ちでいっぱいです。帰る際に李さんが今度北京に出張に来たら、北京のバドミントン練習場にも連れていくことを約束しました。

 

 

 バドミントンの試合後の授賞式。右は2つの賞をもらった李さん

 

 

 

 夕方、出島ワーフの「リンガーハット」で李さんと大好きなチャンポンを食べた後、昔自分が住んでいた茂里町あたりをぶらぶらしました。昔空き地だったところに「Cocowalk(ココウォーク)」という大型ショッピング施設ができ、そのビルの上に大きな観覧車があったことにもびっくりしました。中国は変化が速いと日本の方によく言われますが、日本も少しずつ変わっていますね。

 それから、松ヶ枝埠頭は昔小さな港湾事務所しかありませんでしたが、今はきれいで立派なターミナルができたので、周りの景色もさらに魅力的になっています。他にも変わった所はまだまだ沢山あると思いますが、時間がなくてあまり回れませんでした。

 

 

         

昔住んでいた所の近くはすでに商業施設に変身

 

5年前の松ヶ枝埠頭港湾事務所

 

                                    現在の松ヶ枝国際ターミナル

 

 

 

 翌日、県庁で研修講義を受けた後、長崎歴史文化博物館で特別企画展「孫文・梅屋庄吉と長崎」を視察しました。

 昨年は中国の辛亥革命100周年に当たるので、中国でその関連のドラマや映画の放映、展示会など多くのイベントを行っていましたが、日本で孫文関係の展示会を見られたのが嬉しかったです。特に、中国から寄贈された孫文と梅屋夫婦の三人像や、中国から借りてきた文物資料、日本側が保存していた貴重な資料が数多く一堂に集められているので、一見する価値があると思います。皆様もぜひ見に来てください。

 

 

孫文・梅屋夫婦三人像の前

(左は今回一緒に研修を受けた美人で、右は解説が素敵な美人案内員)

 

 

 今回再び長崎に滞在した時間は短かったですが、多くの親友や昔の同僚と再会し、そして新しい友だち、特に「出島ネットワーク」の編集者とも知り合えたことが何よりも嬉しいことでした。今後、北京の事、長崎の事をネットで交流出来るのも楽しみです。

 

 

 では、また「出島ネットワーク」でお会いしましょう。

 

 


 

ふるさとを紹介します!

28Dec 2011 Aris den Hollander

Aris den Hollander(アリス・デン・ホッランダー) (オランダ・ゼーランド州)

元長崎大学留学生協会副会長

長崎滞在期間:2010.3~2011.3

 

 

 私が出島ネットワークのウェブサイトを見ていた時に、長崎県はオランダのゼーランド州と友好交流関係を結んでいることを知りました。私自身がゼーランド州で育ったので、本当にびっくりしました。今ゼーランド州と長崎県をちょっと比べながら書いていると、似ている点が多かったので面白いと感じました。長崎が大好きなのはそのためでしょうか。

 

 

 

  ゼーランド州はオランダの南西地方にあり、農業も水産業も盛んです。オランダの首都アムステルダムを中心とするとゼーランドはかなり遠い地域だと言えます。オランダの中心から離れており、田舎の感じがします。長崎も東京からかなり遠く離れていて、両地域とも大都市のような騒がしさもなく、人口も少なく暮らしやすいですね。長崎と本当に違いはないように感じます。

 

 

 しかしここで長崎県とゼーランド州の違いを一つ示したいと思います。ゼーランド州はビーチがとっても人気です。温度が少しでも上がるとすぐに砂浜で毎日時間を過ごす人が多いです。遊んだり喋ったり、ちょっと寒くても砂浜まで泳ぎに行きます。長崎も海の近くですが、砂浜はそこまで人気ではなかったという印象を受けました。水辺の森公園もあり、手熊の近くにも砂浜があり、ビーチがないわけではありませんね。長崎の夏も非常に暑いからこそ、どんどんビーチに行ってほしい。これが私のゼーランド州からのオススメです。


 

 

2011年ヴァージニア地震

31Oct 2011 Nicholas Ballen

ニコラス・バレン(アメリカ合衆国ワシントンDC)

元長崎県国際課国際交流員(2009年8月~2011年8月)

 

 

 皆様、こんにちは!アメリカ合衆国ワシントンDC出身のバレンと申します。

今年度8月まで、長崎県国際課で2年間国際交流員として勤務しておりましたが、現在は帰国して予備校に通い、日々法科大学院の入学試験の勉強をしております。どうぞよろしくお願いします。

 

 今回のトピックは2011年ヴァージニア地震です。御存知かもしれませんが、8月、私の出身地で現住地でもあるワシントンDCにて地震が起こりました。この地域では地震が極めて珍しいため、この2011年ヴァージニア地震及びその影響等についてお話したいと思います。

 

 ヴァージニア地震は、2011年8月23日13時51分(現地時間)に起こり、マグニチュードは5.8でした。震央は、ヴァージニア州都リッチモンドの北西方約61kmのルイザ群にあり、震央に最も近い町はその南南西の約8kmに位置するミネラル町で、これはワシントンDCの南方約80kmにあります。ロッキー山脈の東部で同規模の地震は、114年前の1897年以来のことで、この地域では非常に稀な現象だといえるでしょう。

 

米政府発行の地震地図 (http://www.wikipedia.org/)

 

 ヴァージニア地震は、日本や北アメリカ大陸の西海岸でよく起こるプレート境界型地震等ではなく内陸地殻内地震であり、そのため特徴が多少異なります。東海岸の岩石が西海岸等の岩石と比べ比較的古いため、東海岸での地震は典型的により広範囲なものとなります。よって、弱震だろうとかなり離れた場所でも感じられることがあります。これに対し、西海岸等の典型的地震では、震央にほとんどの地震力が集中され、その範囲がより狭くなります。今回のヴァージニア地震は浅発地震のため、さらに広範囲に影響を及ぼしました。ヴァージニア地震は、北方にカナダのケベック州都ケベック・シティ、東方にカナダのニューブランズウィック州都フレデリクトン、南方にジョージア州都アトランタ、西方にイリノイ州にも検出され、かなりの広範囲だったといえます。

 

 幸運なことに、多くの軽傷者が出たものの、死亡者は出ませんでした。地震が100年以上も起こらなかったため、地震に向けた防災訓練等は一切行われてきておらず、また、地震自体を経験したことのない人が多かったので、ワシントンDCの市街等では一時少しのパニックが起こり、地震に驚いた人がたくさんいました。さらに、地震の際の安全基準や、耐震のための建築規則等も全くありませんので、日本ではそこまで大変ではないであろうマグニチュードの地震により多くの物的被害が生じました。その例として、ワシントンDCの有名な記念塔等に構造的損傷が発生しました。

 

 

米国防総省での避難 (http://www.wikipedia.org)

 

 次に、私自身の経験、感想についてお話したいと思います。日本で生活して地震慣れしていますので、地震発生時はゴロゴロいって地面が揺れても驚きもせず「あ、地震だ。珍しいなあ。でもそんなやばいやつじゃないね、これ。」と思い、適切な対応を取っただけです。その後、アメリカのマスコミでは少し過度報道に聞こえたようなものを聞き、大げさに聞こえた米国民の反応をも聞き、これらを受け、情けないやら愚かやら少し恥ずかしく思いました。                                             

 しかしながら、家族や友達の話をもう少し聞いてみれば、地震を経験したことのない人の観点からそれなりに怖いだろうということに気づき、また非常に珍しいものだけあってある程度話題にもなるだろうと、考えを少し改めました。

 

 以上、今回のヴァージニア地震についての現場からのリポートや感想等でした。今度またぜひこのコラムに参加したいと思っておりますので、これからもよろしくお願いします。