Mamta Sachan Kumar

カルチャーショックとフリップ・クロック:JETプログラム帰国後の復帰

11Apr 2019 Mamta Sachan Kumar

マムタ サッチャン クマール(Mamta Sachan Kumar)

 

<筆者について>

 

シンガポール出身。語学指導等を行う外国青年招致事業(JETプログラム)の参加者として来

崎。2017年8月2日から2018年7月30日まで長崎県波佐見町の波佐見高校と

南小学校でALT(外国語指導助手)として勤務。

 

 

私のカレンダーはフリップ・クロックです。 「1」から「31」まで、ボタンを押すと番号が次の日に切り替わり、下にある小さなダイヤルを回すと月の表記もセットできます。

 

ま、そんな感じです。本棚の上に置かれた白黒のカレンダーの姿はいつ見てもかっこいいす。「30」が大きくて黒い数字で表記され、その下により小さい字で「7」が表記され「7月30日」を表しています。 もっと正確に言えば「2017年7月30日」のことです。

 

カレンダーの上にうっすらと積もったほこりを見るとわかります。家を出てJETプログラムの旅が始まった日です。その日以降カレンダーの日付をそのままにしています。

 

帰国してから7ヶ月が経ちました。その間に何度もカレンダーが視界に入り、不思議と私が見られてる感じがするのでじっと見返します。 どうして日付を変えないか何度も考えました。 時にはカレンダーの存在さえ無視しようとしたり、またカレンダーの日付をこのままにしておくことの無意味さを強く感じる時もあります。 しかし、この日付をそのままにしておくことは、出発前の何も変わらないままにしたいというわけではなく、旅立ちの瞬間を永遠に忘れたくないという気持ちです。もしそうしていれば、日本へ出発したことを毎日思い出され、JETプログラムの経験と長崎の田舎にある焼き物が有名で魅力溢れる波佐見町の存在もいつまでも実感できるでしょう。

 

時間が経てば経つほど止まってほしいものです。

 

実は、波佐見から母国に帰る前に最後に郵便局に行って、シンガポールの住所へ自分に宛ててハガキを送りました。 そう、本当ですよ。 一緒に来てくれた職場の担当者が少し笑って見せましたが、彼女はあまり理解できてないように見えました。私はその反応を気にはしませんでした。 なぜならあの時、波佐見で経験したことを帰国した自分に実感させるための素晴らしい計画ではないかと思ったからです。

 

良い作戦だと思いました。

 

でもこの作戦はちょっとわざとらしかったです。

 

実際にはあまり実感しませんでした。

 

「はい、今 パルギー 大学」

「Oh! You バラージャー ヤ?」

「いいや、 タック バラージャー。 サヤ working。」

 

言語や税金の還付など帰ってきてから整理すべきものがいっぱい残っています。 帰国後半年がたっていますが、言語のコードスイッチングはまだ難しいです。 2つや3つの言語が混ざってしまい、口ごもった時にはまだ使いこなせていない日本語をつい話してしまいます。 シンガポールの公共交通機関のサービスはいつも定時ですが、数分待たされたら皆さんがすぐイライラします。 ちょっと恥ずかしいですが、小さな青い年金手帳は教え子からもらったお礼の手紙の中に挟まれています。 机の下に持って帰ってきたポーチがまだ開けていないままです。波佐見という未知の世界に行く前にエッセンシャルオイル、医療用品や適当なアクセサリーを入れておきました。 もしまた出発するとしたらすぐ出かける気(それともノスタルジア?)を体の芯まで感じます。 国際クラブの生徒がラインで文化祭ことができるでしょう。 その荷物を開けて片付けることはできません。整理しようとしたら吐きの気(それともノスタルジア?)を体の芯まで感じます。 国際クラブの生徒がラインで文化祭の公演の動画を送ってくれましたが、まだ見ていません。以前私が担当した国際クラブはもう後任者が引き継いでいます。まるで“積ん読”された本のように、その動画は私の宝物です。

 

「彼女は美人だよね!」

 

「私を忘れないでね…」

 

ちなみに、波佐見から帰る前、何回も涙と汗だらけで悪夢から目が覚めました。夢の中で自分の子どものような存在である教え子が 私と引き離されて、彼らは私のことを忘れました! そんな日がもうすぐ来るとわかって、疲れた中でも悲しみを感じ始めました。日頃は憎たらしいやんちゃな子たちも愛おしくなりました。いつもはその子たちが嫌ですが、もうすぐ帰ると会えなくなり、その嫌なことさえなくなるので、それが寂しく感じます。良い子も、悪い子も、ガキも。

 

JETプログラムでは慣れるまで1年がかかると言われています。 仕事を2年間続ければ履歴書に書く時評価されやすいと言われています。1年で帰ると何か嫌な経験があったと思われるかもしれません。 逆に、5年間の滞在と比べて1年で帰るとすぐ復帰できると思うでしょう?

 

実はそうとは限りません。

 

JETプログラムでは「時と場合によります」ともよく言われますね。

 

365日間の波佐見での充実した生活の中、生徒に田んぼの向こうにある世界を紹介することは私の使命だと気づきました。そのうちに私もだんだんと生徒に心を開いていきました。

 

 

 

波佐見町の春夏秋冬

 時間は不思議なものですね。時には早く過ぎますが、フリップ・クロックを見ると止まっているように見えてしまいます。 私の場合は、知らないうちに波佐見での一年が過ぎていき、四季の変化とともに将来に役立つことを沢山得ました。

 

現在シンガポールの日本人学校で教えています。充実した日々を過ごしています。一年生の中に、波佐見町立南小学校で教えていた双子にそっくりな女の子がいます。たまにこの女の子と波佐見町の双子が実は三つ子ではないかという楽しい空想にふけます。

 

想像してみてください。手をあげて大きく開き、指先を空へ伸ばし、目をそっと閉じ、吹いて来るそよ風を。波佐見町である日の午後、学校からの帰り道に木がたくさん並んでいて、ちらっと見るとまるで悲しい緑の巨人に見えました。 あの時、夏の暑さが背中を汗だらけにさせる前の最後のそよ風だとわかりました。

 

今はトンボで溢れる田んぼの両側にある凸凹のアスファルトの上を歩いていません。 きれいに舗装された道路の上を歩いて学校まで行きます。途中で車をコントロールする一時停止の標識がありますが、その標識は騒音公害までは抑えられません。 今朝クモの巣にぶつかって波佐見のことを思い出して一人で笑いました。波佐見はクモの巣で覆われハロウィーンになったら自然と飾りがもう出来ています。

Facebook Auto Publish Powered By : XYZScripts.com